8月31日 オーストラリアツアー
キャンベラ
彼女は
タイム・アフター・タイムを
歌いながら
感極まり堪えきれず泣き出した。
感受性が強い彼女
稀にショーの最中
泣き出す事はあったが
直ぐに、ケロっとし
ジョークを飛ばし元に戻るのが
常なのだが…
キャンベラの
それは歌っている最中とはいえ
何時もとは様子が違い
泣き続けていた彼女。
何か意味があるのでは?
調べて行くと我々が
思いもしなかった
ある事に気が付かされた。
本題に入る前に
アルバム
"HAT FULL OF STARS"を
発表した頃の
彼女の自信に満ちた
インタビュー記事を入手。
それ以降、彼女は
自分のペースを守り活動して
行く訳だが
他のアーティストとの
商業ペースでの差を
大きく付けらてしまう。
ファンである私達は
彼女の方向性を支持し
歓迎するが
全盛期の彼女を知る
世間での
"シンディ・ローパー"の認識は
過去の人と思われがちに
なってしまったのは否めない。
8月31日 オーストラリア
キャンベラで
彼女は、なぜ泣いたのか?
その理由は次回に。
先ずはインタビューを
ご覧頂きたい。
rockin’on 1994年 3月号
シンディ、40歳
アルバム
Hat Full Of Stars 発表後
しばらくしてからのインタビュー
キュートな容姿と志しは別。
まだまだ
彼女が尖っていた頃という事を
理解して読んで頂きたい。
あれから20年
本質的に彼女は
何も変わってはいないが
マドンナに対しての
見解はきっと
変わっているだろう。
ファンとの異常な程の親密さです。
どうしてファンが気軽に話しかけてくるんだと思います?
シン
「だって私はポップ・スターな
生き方をしてないからよ。
そういうキャリアを
望んでないの。
私はヒューマニティの世界に
生きたいから。
要するに、人間が好きって
ことよ。(笑)
私はね、ボディーガードに
囲まれて、象牙の塔に
暮らす様な罠に
はまりたくないの。
私達には天使が付いてくれてる。
それで十分でしょ。
もちろん私の邪魔をする人の
お尻は蹴り飛ばしちゃうけど
(笑)」
★ 最新作
"HAT FULL OF STARS"
発表迄に長いインターバルが
ありましたが?
シン
「う〜ん、アルバムを
出せるだけのエネルギーを
維持する為に苦しんだと
言うのかしらね。
まず思ったのは
これ迄の作品で私が犯してきた
最大の間違いは
立ち止まる事なくズルズルと
作品を仕上げる事を
許してしまったって事だったの。
で、今回は私は自分の欲しい音に
固執したの。
よく吟味して自分の求めてる
音じゃないと思えば
『ちょっと待って』と
ストップしたものよ。
一晩寝てから翌朝考えると
どうするべきか考えが
浮かんだりするの。
基本的には絵を描くのと
一緒よね。
近くからジッと見ても
分からないけど
二、三歩下がって遠くから見ると
全体像が掴めて
絵の善し悪しが
分かるものでしょ。
他人の意見を聞くだけじゃ
ダメだったりね。
私もね、最初は
プロデューサーとか
周りの人達に
『ねえ、私はこういう事をしたいんだけど、どう思う?』って
訊いてたわけ。
でも結局部屋の中に座り込んで
自分でどうしていいか
分からない。
だって、私が頭の中で
こうしたいって思ってる事を
理解してもらうのって
至難の技なの。
だけど
どうしても私は自分の頭の中の
音楽をそのまま
実現したかったの。
そういうアプローチで
今度のアルバムを作ったのよ。」
★ なるほど。
ところで、過去を振り返って
ファースト・アルバムが
あれ程ヒットしたのは
あなたが
ごく普通の女の子達を擁護し
明るくハッピーで元気な
女の子達の姿を
肯定したからだと思うのですが。
シン
「同感ね。でも意図的に
やってたのよ。
私はブルーカラーの環境の中で
周りの、ごく普通の女性達を
見ながら育ったの。
特に女として
子供として
周りの人達をずっと眺めてた。
そこには無名のヒーロー達が
沢山いたの。
だから本当は絵描きに
なりたかったのよ。
この人達を絵に描きたいって
思ってたの。
結局、ちょっと違う意味の
絵描きになったわね。
内面の絵を描く
仕事をしてるんだもの。
ともかく私は
そんな人達を応援したかった。
世界中の女性達を
一分でもいいから
一つにしたかった。
ママが大好きで
いいじゃないって。
そりゃ
ママは時にはムカつく存在だけど
でもママが大好きでも
ちっとも
恥ずかしくないわよって。
真のフェミニズムは
誰を支援して
誰に反対するかなんていう
フェミニスト運動なんて
とんでもないわよ。
本当のフェミニズムとは
周りの女性を助け
女性という存在を理解して
支援する事でしょう。
女性として生まれてきた私は
自分の全人生と仕事を女性を
理解する事に捧げたいわ。
女性だけでなく
人間を理解する事。
人間関係。
男性と女性の関係を理解する事。
ともかく私は
そういう自分の理解する事を
歌っているの。
これはヒット曲になるぞって
誰かが言うから
歌ったわけじゃないのよ。
あの歌
(GIRLS JUST WANNA HAVE FUN)は
長い時間をかけて
一生懸命作った曲なの。
完成迄に何度も
変更したぐらいよ。」
★ しかし超エキセントリックな
スタイルで登場したデビュー当時
あの格好は何かへの怒りでは
なかったのですか?
シン
なに?アンチ男性とか?
そんなのバカげてるわ。
怒ってるだけじゃない。
私にも怒りはあるけど
いつも抑えてるし
抑える様に努力してる。
他人に自分の考えを説いて
聞かせるのは
アーティストの仕事じゃない。
アーティストとして
私は自分が人生に見出した物を
作品に反映する、それだけ。
自分の決意表明なんかしない。
自分の気持ちを歌うだけ。
今回のアルバムでは
特に自分の考えを出さない様に
それはそれは
もの凄〜く気を付けたのよ。
私はストーリーを歌ったの。
詩人は常に読者のスペースを
残しておかないといけない。
リスナーにも同様に
スペースを残しておく。
隅から隅迄
文学的に詩的には出来ないわ。
だから
世の中には極端な行動に走る人は
沢山いるけど、私は…
まぁ、私も時々極端な事を
するわね。(笑)
でも私は過激になる為だけに
過激な行為に走る事は
絶対しない。
理由がなきゃ。
意味のある、ちゃんとした思想が
背後にないとダメなのよ。」
★ では例えば
自らの明確な主張の為に
実力行使的な表現をする
マドンナなんかを…
シン
「マドンナは音楽じゃないわよ!
表現って何を?
マドンナが
『じゃあ、私は今から
音階を歌います。』って
歌ってるって言うの?
彼女は踊ってパフォーマンスを
してるんでしょ。
物を生産するのを
楽しんでるんじゃないの。
でもそれは私のやってる事とは
違う。
私は音楽が好きなシンガーで
あらゆる範囲にフルに活動して
ときたま失敗もするけど
一生懸命だし
健康的だし
常に音楽的に学ぼうとしてる。
それが私」
★ 分かりました。
二作目には、より包括的で
人間的な愛を歌った
"TRUE COLORS"が
あったわけですが
そういう変化はどの様に
起きたのでしょうか?
シン
「親しい友人が死んだの…
エイズで。
その時は
わからなかったんだけど
ともかくそれで
凄く落ち込んで…
彼が亡くなった二日後に
アルバムに取り掛かり
始めたから
大変な作品だったのよ。
まぁ、それも乗り切ったけど。
それから三作目でも
いろんな事が起きちゃった。
おかしいわよね
これからこうしようって
キャリアや人生設計を立てても
実際の人生では予想外の事が
起きるのよ。
私はね
自分の感じてもいない事を
ステージで歌える様な
アーティストじゃないんだと
思う。
そういうの得意じゃないの。
だから
いつも自分に正直で
いるしかない。
自分の心にある事以外は
歌えない。
音楽には…
例えば
"TRUE COLORS"は
苦しみを乗り越えた私達の為に
歌った曲なんだけど
あの曲にはマジックもあるでしょ
これだっていう
キー
フィーリング
サウンドを探し続けたのよ。
何も無い所から
どんな風にサウンドを
固めて行くか。
最初にドラムのパートが
あるでしょ?
古代からドラムは
コミュニケーションの
手段だったのよ
原始時代から。
だからその
原始的な部分
魂の世界をこの歌の中に
取り入れたかったの。
私達の中に残っている
原始的な部分
洞穴に住んでいた頃の感覚を
呼び起こしたかった。
そういう私達の隠された部分を
歌いたかったの。」
パート2に続く
0 件のコメント:
コメントを投稿