2011年4月4日月曜日

4月4日  CYNDI LAUPER on ALTAS HORAS part 1




ALTAS HORAS
ブラジルのTVショーに
ゲストとしてシンディが出演。
ブラジルの若者達の質問に、答えるシンディ。
今日から二回に分けて、掲載します。


今回は、名古屋にお住まいの
名古屋のコンサートに必ず足を運んでいる
シンディ大好き
MITSUO JULIANOさんに訳を頼みました。
彼は非常に良い仕事をしてくれました。
MITSUO JULIANOさんに感謝します。
今日は第一回目
CYNDI LAUPER on ALTAS HORAS part 1から


80年代
奇抜なスタイルで大ヒットと
驚異的なセールスを記録して
今、ブルースに繋げた。
シンディ・ローパー。

SERGINHO:
シンディ、ようこそALTAS HORASに。
初めてだと思うけど、どうですか?

CYNDI:
とても、素敵ね。
素晴らしいわ。

SERGINHO:
今、ブルースを歌っているけど
それって最近の事でしょうか?
私はシンディのブルースを聴いて驚きました!
みんな想像している
シンディローパーと全く違う歌だからね。

CYNDI:
私の、初めての歌手の仕事は
1975年ジャニス・ジョプリンのカヴァーだった。
その時からもうブルースを歌っていたわ。
ブルースで、みんな盛り上がるけど
それは客と場所によって違うわね。
最初の頃は、とても小さいスピーカを使って歌ってたけど
声が小さくてみんな聞こえなかったから
楽しくなかった。
今ブルースに戻る事が出来てとてもうれしいの
MEMPHIS BLUESのために最高な
バンドもいるし最初の頃みたいに戻れてよかった!

SERGINHO:
今からシンディのPVを見ながら振り返ります。

CYNDI:
グーニーズ
楽しかった。その時のスタイリストは今でも活躍しているのよ。

マネー・チェンジズ・エブリシング
白いベストを裏返して着たの。

ホワッツ・ゴーイン・オン
このTシャツは、破って沢山の色を付けてアフリカ風にしたの。

フー・レット・イン・ザ・レイン
一番シンプルでチャーリー・チャン
(アメリカのミステリ作家、アール・デア・ビガーズ?が創造した、中国人名探偵からインスピレーション?)スタイル
今まで黄と赤は一番好きだった

ザ・ワールド・イズ・ストーン
髪の毛を黒に染めたキャサリン・ヘプバーンの有名な写真が
インスピレーションだった、
その写真はThe Image Makersの本からよ。
色々いつも調べているの。

ヘイ・ナウ
メイクは20年代と60年代のスタイルを
思い出して貰いたかった。
あと、オレンジメカニック色を使ってたわね。
60年代の人は20年代の人のスタイルに憧れて
70年代は30年代に憧れたわ。
80年代は50年代に戻ってる
90年代は70年代に。
スタイルはリサイクルされるの。
私は、色とファッションの歴史が大好き。






10:45から

ファン:
シンディ、あなたの歌を
みんな、小さい頃から知っている。
あなたの仕事が大好き。
色んな世代の人に自分の歌を
伝える事が出来て
あなたは、どう思いますか?

CYNDI:
私も音楽を聴いて育って来たわ。
音楽は世代から世代へ伝わるものよ。
カーニバルだってそう
だから今日、ランラン
(南米ツアーのみ、パーカッションで参加)
がいるのよ。
小さい頃から、昔の歌を良く聴いてたわ。
それは伝統と言えるわね。

ファン:
ケイティ・ペリーやレディ・ガガの事
どう思います?
シンディみたいに音楽の世界に
残る事が出来ると思いますか?

CYNDI:
時間の問題ね。
彼女達は、私にインスピレーション与えてくれるし
私も彼女達にインスピレーション与えているわ。
この世界の中に、アーティストはそれぞれ
自分の場所が、ちゃんとある。
彼女達に一番期待できる事は
今を生きている世代の事を
歌で伝えていく事です。

CYNDI LAUPER on ALTAS HORAS part 2に
つづく・・・

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